福祉体験学習ガイド

4.体験学習

(3)交流企画

Q4-3-1:どんな交流が考えられますか?

々睥霄圓箸慮鯲企画

(1)高齢者との交流企画
 特別な施設に出かけて行かなくても、子どもたちが暮らす地域にはたくさんのお年寄りが生活されています。つくば市の場合、まだまだ、お年寄りと一緒に暮らしている子どもたちも多いのですが、昔に比べると、地域行事や近所同士の交流も減り、自分の家族や親族以外のお年寄りと接する機会が少なくなってきています。
 そんな子どもたちに、地域の高齢者とふれあいの機会を設けようというのが、この交流企画です。

  ◆地域のシルバークラブを尋ねてみよう!

  つくば市では、多くの地域で自治会や区会単位にシルバークラブ(老人会)が組織されています。このシルバークラブでは、定期的な会合をもち、それぞれの興味や関心で、ゲートボールやクロッケーを行ったり、手芸やお料理を習ったり、お茶のみ会をしたりして、交流を図っています。
 こんなシルバークラブの1つに、ゲートボールやクロッケーなどといったスポーツを教えてもらって、覚えたら試合をしてもらおうという交流企画が考えられます。そば打ちや和菓子作りを習って、一緒に食べようという企画を考えることもできます。また、このようなクラブには、昔からこの地域に住んでいて、地域のことをよく知っているお年寄りもたくさんいますので、そんな方に地域を一緒に歩いてもらって、昔のことを教えてもらうという企画も興味をそそります。例えば、桜地区には金田七不思議、茎崎地区には弘法の七不思議という話があり、それぞれ史跡が残っているのをご存知でしょうか。谷田部地区にも「からくり伊賀七」設計の五角堂や和時計といったものも残っています。

  ◆地域のサロンに参加してみる

  地域のお年寄り同士の自然な交流が減ってきた状況に対し、地域で高齢者と地域住民との交流の機会を増やしていこうと、各地で「ふれあいサロン」や「ミニデイサービス」という活動が増えてきています。高齢者に気軽に集まってもらって、一緒に趣味活動をしたり、食事会やお茶飲み会をしようという企画で、月に1・2回の頻度で地域のボランティアによって開催されています。このほか、ボランティアでお弁当を作って、ひとり暮らしのお年寄りに届ける食事サービスのボランティアサークルもあります。子どもたちも、このような活動に一緒に参加してみると、自分の住んでいる地域で高齢者との交流を楽しめるようになるとともに、地域で自分たちが何をやっていけばよいか考えることもできるかもしれません。ただ、開催日が決まっていますので、学校側がそれに合わせて体験日を決めていく必要があります。

  ◆学校にお年寄りを招待する

  地域のお年寄りや施設のお年寄りを学校に招待し、昔の遊びやお料理を教えてもらったり、自分たちが作ったお菓子やお茶で接待をするとともに、練習してきた合唱や合奏をみてもらおうという交流企画がよく行われています。ここでも、お年寄りは、子どもたちのすることを一方的に見せられるより、自分たちが一緒に参加できる企画が用意されていたり、自分たちのもっている知識や技術を教えるような機会を与えてもらえると、積極的に交流をすすめてくれます。

 

⊂祿下圓箸慮鯲企画

  高齢者と同じように、障害者とも地域で様々な交流企画を考えることができます。その対象は、市内の入所施設や通所施設の障害者のほか、養護学校の子どもたちや障害児・者でつくっているサークル等も考えられます。交流の場も施設や学校に拘ることなく、地域の様々な場所が考えられますし、一緒にどこかへ出かけることも考えらます。

  ◆障害者と一緒に農業体験

  つくば市には、障害者と共同生活をしながら、農業や音楽活動を取り組むNPO団体があります。また、施設の近くに農地を借りて、デイサービスの訓練や作業メニューとして農業や園芸に取り組んでいるデイサービス施設もあります。これらの施設や団体は、こんな施設の障害者と一緒に農業体験をするという企画に協力してくれます。障害者と一緒に田植えや芋掘りをしてみませんか。ただ、これも早期の段階での日程調整が必要になります。

  ◆障害者とのスポーツ試合

  障害者と一緒にいろいろなスポーツを楽しむことができます。つくば市には、障害者スポーツ関係のNPO法人もありますし、大学の中には障害者スポーツを広げていこうとするサークルも結成されています。車椅子でダンスやテニスを楽しんでいる障害者。音のなるボールでサッカーや卓球に挑戦している視覚障害者。知的障害者でバレーボールのチームを結成しようという動きもあります。
 障害者施設に働きかけると、予定さえうまくあえば、ソフトボールやバレーボールの試合に応じてくれます。

  ◆養護学校との交流企画

  ノーマライゼーションの考え方が広がり、統合教育への期待が高まるなかで、養護学校と普通学校の交流企画も積極的に行われるようになってきています。ゆえに、養護学校に声をかけてみると、交流企画が実現できる場合があります。これまでにうまく進められた楽しい交流企画の情報を聞きながら、自分たちの交流プログラムをたててみましょう。

  ◆障害者との音楽を通じた交流

  障害者の団体や施設の中には、ハンドベルや太鼓など、自分たちの得意な楽器を選んで練習をし、各地へ公演に出かけているところがあります。そんな演奏会を学校に呼んでみるのも1つの企画になります。そのついでに、ハンドベルや太鼓を弾かせてもらったり、教えてもらうこともできるようです。プロ的になっている団体もありますので、そんな団体にはきっちり謝礼も考えておく必要があります。

コラム:「近くに施設がなくては、福祉を学べない」わけではない

  福祉教育は「自分と自分以外の人との絆が絶対に欠かせないものであり、それを結びあってこそ、互いに心豊かに生きられるのだ」という真実を、子どもたちに感じさせることを目標としています。
 「閉ざされた人間関係の学校」だけでは提供できない内容を、学校以外、教師以外の人たちの助けを借りて体験させることは、将来、社会の一員として生きるための大切な援助と考えられます。この目的から考えると、ただ漫然と施設体験をすれば子どもたちに良い影響があるに違いないと考える程度の実践では、求めている「生きる力」の育成ができるかどうかは疑問です。施設生活は、普通の暮らしと比較すると非常に特殊であり、ある時は異常かもしれないもので、そのことに問題意識が持てるようになって初めて福祉教育の入口に到達できるように感じます。福祉を視野に据えながら、施設体験に固執することなく、指導者以前の人間として自分自身の生き方の中から、広く深くこの学習のあり方を捕らえ直してみていただければと思います。
  近隣のお年寄り、育成学級のお友達など、もっと身近な生活の中から、ふれあい体験のできる可能性を見極め、様々な人を受け入れ、その在り様から学ぶものを見出す方法もあります。地域を学びの豊かなフィールドと捕らえ直し、出会わなければならない人を見出し、大切な人との出会いのチャンスを作り出す努力をしてください。「少年は必要とされて初めて大人になる」、その成長を期待して出会いを仕掛けたうえで、待ちの姿勢、見守る姿勢にあるなら、その成り行きの中から、つぎの取り組みの目指す方向のみならず、励ましすら見出せるのでないでしょうか。

目次にもどる

 

Q4-3-2:うまく参加できない子どもたちがいるのですが・・・

  ◆「うまく参加できない子どもたち」

  お年寄りや障害者との交流企画を実施しても、それにうまく参加できない子どもたちというのが見受けられます。そんな子どもたちには2つのタイプがあるようです。1つ目は「本当は参加したいのだけで、どう参加してよいか分からず参加できないでいる」というタイプ。2つ目は「その交流企画にどうしても関心や興味がもてず、無理に参加させられても活動にのりきれない」というタイプ。それぞれ分けた対応が必要ですが、教師の方でそれを見極める感性も大事になります。
  気が弱いために、お年寄りや障害者にどう声をかけてよいか分からないでいるような子どもたちの場合には、お年寄りや障害者と子どもの間に入って話題をつくり、子どもたちが自然に話せるような雰囲気づくりをするサポート役の人が必要になります。

 ◆「やりたがらない」「のらない」子どもたち

  子どもたちも高学年になり、徐々に自我が芽生えてくると、教師が組み立てた計画にのりきれない子どもが増えてきます。このような体験企画だけでなく、「総合的な学習の時間」が始まり、自主的な「調べ学習」の時間が増えてきても、そんな時間に真剣に取り組めず、無駄な時間を過ごす子どもたちが見受けられようになってきています。特に、「福祉」には道徳的なイメージがつきまとうため、既存の道徳観に反発し、自分なりの道徳観を作っていく時期に入ると、子どもたちの中には、素直に、お年寄りや障害者の交流の輪に入れない子も出てきてしまうのです。
  こんな子どもたちにも福祉への関心はもってほしいところですが、強制的に学ばせても、その必然性が実感できていなければ、結局は、日常生活のなかで役にたつものになってはいきません。また、体験学習には相手もあり、無理して参加させることで相手の人や施設を不愉快な思いをさせることもあります。ですから、「やりたがらない」「のらない」子どもたちに、無理に積極的な参加を勧める必要はないと思います。しかし、そこで子どもたちが自分の考えることや感じることを、自分の言葉で表現できるようにする指導は必要でしょう。

  ◆「やりたがらない子ども」の気持ちにそって

 もっと踏み込んで、こんな子どもたちと「なぜやりたくのか」「今の課題をどう感じているのか」について一緒に考えてみるのも1つの方法です。そんな子どもたちも「やりたくないことを態度で現わす体験」をしているのであり、その体験自体を見つめ直してみることにより、他者や社会のことが見えてくる場合もあります。
 時には「やりたがらない子ども」の目線に立ち戻ってみることで、自分たちの進めている福祉教育のあり方を反省してみることも教師にとって学習になると思います。

  ◆「見学しながらの体験」もありえます

  積極的に体験に参加ができなかったとしても、「見ながら体験する」「雰囲気にのまれて体験する」ということはあります。いやいや参加する中で、仲間が楽しそうにしているのをみていて、その雰囲気に引きずられて、自分もいつのまにか積極的に参加するようになってしまったということもあります。また、自分は見ているだけでも、「お友だちの心ない姿」や「何かをしてあげようという姿」が目につき、そこから何かを感じて学習していく子どもたちもいます。ゆえに、やりたがらない様子であっても、仲間に加えておくことには意味があるように思います。教師はその可能性を信じて慎重に見守り、タイミングを見はからって参加を働きかけてみてはどうでしょう。

コラム:「違い」の意味を考える

  福祉の学習を始めたばかりの頃、ある子どもから同じ学年の知的障害の子どもについて、「どうしてAちゃんは、いつもお片付けができないの」「先生たちは、Aちゃんだけ宿題やってこなくても怒らないの」と質問されたことがあります。どう答えようと迷っていると、他の子どもが「それはAちゃんは障害があるから、仕方がないよ」と言い出し、「そうだよね」「前に、ほかの先生もそう言っていた」と話がまとまってしまったのですが、何となくしっくりしない気持ちが残ってしまいました。
  そこで、次の時間、この知的障害者の子どもの障害について、曖昧にしているよりきっちり説明した方がよいように思い、「ダウン症」という障害についてお母さんに来てもらって話をしてもらうことにしたのです。思った以上に子どもたちは真剣に話を聞いてくれました。「ダウン症の人たちは明るい人が多い」とか「みんなよりは学ぶのに時間がかかるけれど、少しずつ様々なことが学べる」といった話を特に関心をもって聞いてくれ、障害にマイナスイメージをもたせないようにという気持ちが少しは通じのかなと感じました。
  その後、私たちにある「いろいろな違い」に目を向けて考えてみました。「Aちゃんはお片づけが出来ないかもしれないけれど、みんなにも自分は出来ないと感じていることはない?」と聞くと、「僕はアトピーで卵が食べれない」「私はどうしても逆上がりが出来ない」「いくら覚えても算数の九九が覚えられない」など、みんながいろんなことで悩んでいるのが分かってきました。Aちゃんの障害とみんなの「出来ないこと」を一緒に考えることは出来ませんが、「簡単にズルイとは言えないことは分かるよね」とまとめてみたのですが・・・、果たしてうまく通じたのか、Aちゃんへの理解は深まったのか、まだやっぱり不安な授業でした。

 

目次にもどる




投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。
投稿者 スレッド
> 個人情報保護に関して (C) Tsukuba-City Council of Social Welfare